秋の日に休日を過ごす

 毎週、5日間仕事をして、2日間の休日を過ごす。今週の休日1日目は午後から婚活用プロフィール写真の撮影予約を入れていた。良いコンディションで臨むため、前日はきちんと食事をして風呂に入ってしっかり寝て…と事前にイメージしていたが、ことごとく実践できなかった。時間は何をしてもしなくても、過ぎて行く。スタジオは魔法の場所ではなく、ままならない婚活を好転させるだけの宝物は手に入れられず、結局現実の自分自身の姿があらわになるのだと思い知り、打ちひしがれて帰った。
 せめてもの慰めに、と上野駅構内の馴染みの雑貨屋へ行き、その後本屋で雑誌を立ち読みして、ケーキを3つ買って帰った。帰宅して晩飯とケーキを食べ、Youtubeで子どもの頃に放映していた小公女セーラなどの世界名作劇場の主題歌を聴いてホロリとした。三善晃作曲の「赤毛のアン」の歌の伸びやかなメロディーと歌声に不思議な感動を覚えるとともに心を揺さぶられた。その後わけもなくだらだらと過ごして夜は朝に移り変わり、そしてすぐに昼になった。
 暗くなってから、自転車の空気入れ・図書館・スーパー買い出し・現金引き落とし等々を行った。何か月も続けてきた月曜日の1週間分の晩飯作りは、流しが片付いていなかったからしなかった。文具も売っている近所の本屋ではボールペンを2本買った。仕事中によくなくすからだ。
 そんな風にして休みの2日間は終わる。大阪から持ち越している音源制作は中々はかどらない。時間はほんの僅かしか自分の思うようには使わせてもらえないようだ、とかいろいろ考えながら、そうした時間の過ごし方のすべてが息抜きになっているようにも感じる。

残暑の日に街を行く

 日曜日、寝坊することなく起きて支度をして、アイロンをかけたシャツを着て婚活のため新宿に向かった。
 数年前まで婚活は自分とは縁遠いことと思っていたが、ぼやっと過ごしているうちに紛れもない独身のおっさんになり、友人の結婚式にも刺激されて今年から婚活を開始した。引越しに伴って一時休止したので、本格的な活動はこの夏からという状況だ。
 婚活は①お見合い②仮交際③交際、といった風に手順が明確になっていて、最初の「お見合い」は単に顔合わせといったもので、ホテルのラウンジとかで会って1時間お茶などを飲んで喋る。お見合いを終えて次に会ってみたいか判断して、次のステップに続いていく(またはそこで終了となる)のだが、「お見合い」といっても仲人などの同席はない簡易的なものなので、幾らか演出として言葉が使われている感じはある。
 この日は新宿駅から少し歩いたところにあるホテルのカフェラウンジが「お見合い」の指定場所で、開店前からたくさんの人が並んでいた。中には自分と同じ婚活風の人が何人もいて、ちょっと驚くほどだった。同じ場所に婚活をしている人が集まるというのは関西で婚活を始めたころには見られなかった光景で、人の多い東京での婚活事情を目の当たりにした。
 さて、そんな婚活を終えて、蒸し暑い新宿の街をブラブラ歩き、片想いの新譜を買うため新宿のタワーレコードに行った。2000年代は購入するCDの多くが新宿店という熱心な新宿店ユーザーだったが、フロアの構成が大きく変わってから何となく使い勝手が変わってしまった感じがして足が遠のいてしまった。しかしその後東京を離れたことで、久しぶりに再訪するにあたってリニューアル前後の違いも気にすることなく楽しむことが出来た。最上階のレコードフロアでは、エスカレーターを上がってすぐの所に竹内まりやや日本のシティポップ盤が展開されていて、外国人観光客が面白がって見て行きそうな場になっていた。
 住んでいる街に戻ってスーパーで食材を買い、借りたまま読まなかった本を返却しに図書館に行き、翌日の昼飯用に買ったカレーを食べて台風に備えてベランダを少し片付けて寝た。休日はいつもまとまった時間をとってやろうとしていることがあるが、毎度手が付けられずに終わってしまう。それでもほんの少しだが積み重ねはある。生活のサイクルをうまく作っていきたいものだ。

新しい街に暮らす

 新しい仕事が始まり、毎日早起きしているせいか休日も午前中に起きられている。そうかと言って何が出来るわけでもない。休日とはそういうものだと思いながらも、何かしようと午後も大分過ぎてからリサイクルショップと郵便局に行った。しかし郵便局は祝日で閉まっており、リサイクルショップでは持ち込んだ品物を買取できないと査定され、出鼻をくじかれながらも気を取り直して家から少し歩いたところにある地下鉄の駅に向かった。そこから20分程移動し、ほとんど乗ったことのない銀座線に乗り換えて表参道の器屋に行った。店で九谷焼のお皿を2枚購入し、曇り空の都会の街並みをぶらぶらと歩きながら、大阪の心斎橋の景色を思い出していた。大阪の街は案外きれいだったのかも知れないような気がした。
 原宿駅に近付くにつれて、アジア系の観光客と若者が増えていった。大阪でも難波などは日本人の方が少ないと思うときもあったくらいで、海外の旅行者が多いのは大阪も東京もかわらないようだ。
 山手線で新宿に行き、タワーレコードで不慣れそうなおじさんの店員さんに目当てのCDを探してもらった。大変そうだったので自分なりにしっかり言葉にしてお礼を伝えた。別フロアでは、案内してもらった若いスタッフが驚くばかりの丁寧な接客態度で、タワレコの接遇意識を改めて見せられた思いがした。
 再び電車に乗って最寄駅で降りて、スーパーで食材を買い、一週間分の晩飯を作った。帰りのエレベーターで引越しの日にたまたま挨拶した同じ階の方と一緒になり、「慣れたら暮らしやすいところですよ」と言ってもらったが、のどかな広島の山あいの町と戦前の風情の残る大阪の商店街で約3年を過ごした身には、以前住んでいたとは言っても東京の都心の暮らしに馴染むのは時間がかかりそうだ。
 ともあれ今は知った街ではなく、これから知る街で暮らしているのだ。じきに慣れるだろう。せっかくだから良いところを見つけて行きたい。

新しい暮らしと少しの振り返り

 引越してきて2週間が経った。荷解きは大方済んだものの、狭い部屋の中に荷物が多過ぎて困る。先日の休日は近くのリサイクルショップに行き、10数年前に自家製防音室を作った時の電動ドリルと丸ノコと、広島の西条で使っていたLPガス用コンロを引き取ってもらった。引越し準備中から今日までに、靴や服も大分処分した。引越し前には大した整理も出来ず、手付かずだった不要なパソコン関係のものの処分にも取り掛かった。そんな風に気付いたことからやっていくのは中々骨の折れることだが、持ち家に暮らしている訳でもないのでやはり持ち物の整理は必要だ。
 ともあれ、新しい住まいでの暮らしがスタートした当初は何かと慌ただしいものだ。昔暮らした東京に数年を経てまた戻ってきたのだが、今の自分にとっては地続きのこともそうでないこともある。焦らずに日々を送りながら、短かった大阪での暮らしの中で気付いたことを置き去りにせず、何かに繋げていきたい。大阪での仕事は大変だったが、最後に休暇を取っていくつかの場所を訪れたり、いろんな人と会えたことで自分にとって大切な日々に出来たのはとても良かったことだ。

少しの時間を過ごす

 今日は近所の病院に健康診断を受けに行った。はじめてのバリウムは各検査の流れ作業の中で係の人から前触れもなく手渡され、検査のための機械のうえで左右の手摺を掴んだり放したりしながら、ぐるぐると回っている最中にも最初より更に量の多い二杯目を腹に流し込んだ。機械の上にはバリウムの入った紙コップとティッシュが並べられていた。
 思っていたよりも時間がかからずに終わり、いつも行列が出来ている食堂に初めて入り、昼食にメンチカツ定食を食べた。随分と衣が固く揚げられていて、10数年前の一時期によく行っていた江古田駅前のカツ田のメンチカツはもっと柔らかかったのを思い出していた。
 帰宅してから一休みし、また外出して用事を済ませてから天満橋のジュンク堂に行き、北杜夫の文庫本とレコーディングエンジニア中村公輔の本を買った。その後、家から一番近い図書館に本をブックポストに投函するだけのために自転車で向かった。天気予報では曇りのち晴れとなっていたが、もう夕方のその頃には小雨が降りだしていて、空は確かに曇っていたが向こうの方はうっすらと晴れ間を覗かせるような雲の混ざり具合だった。
 近頃は職場の図書館に中学生が大勢やって来ては大人だと一発アウトになる過ごし方をしていて、そんなことが毎日続くので一苦労だ。聞くと、来月の上旬には高校受験があるということだが、そんな緊張感のある様子でもない。ともかく中々骨の折れることだ。
 中村の本は、エンジニアの立場でロックの名盤のレコーディングの様子を紐解くもので、専門的な内容を分かりやすく噛み砕いて語っているためとても勉強になる。ロックを巡っては観念的な語られ方がなされがちだが、機材や技術的な側面から掘り下げる分析には新しい見方を教えてもらっているような趣があり、なるほどと思う内容も多い。「これから日本の音楽も急激に良くなっていく気がしています。胎動みたいなものを密かに感じます」という記述には、現場の人間としての情熱とミュージシャンへの声援、自身が携わっている音楽制作への愛情が感じられる。

秋の日に行く先を見る

 秋になった。日々、家と職場を行き来するばかりでは、季節を感じることもそれほど多くはない。
 休日だった昨日は、中々ないことだが歯医者に行かなければならなかったから午前中から外出した。いつも夕方か夜にしか出掛けない街に、昼間はこんな風に陽がさすのかと思いながら信号を待った。古い立派な建物の近くに立ち並ぶ街路樹の色を見て、秋であることに納得したような気になった。
 大阪では人によっては今までに関わったことのある人々とは異なる気質にとまどいながらも、広島で過ごしていたやや標高の高い盆地(冬は寒い)に比べると湿気は多いようだが割合に過ごしやすい気候で、何とか無事に暮らしている。仕事は相変わらずたまりがちで、夜遅くに帰ることは珍しくも何ともない。20年前に買ったストラトキャスターを生のままで弾くわずかな時間がまるで何か励ましのようで、細切れに趣味の音楽に取り組んだり本を読んだりして、初夏、夏、秋と過ごしてきた。
 冬はいつも誕生日を迎えることもあってやるせなくなりがちだが、この数年は何とかやり過ごすことも出来ているような気もする。歳を重ねることを受け入れているとは言えないにしても、ある意味諦めというか、とにかくとらわれないということはきっと自分の身を救うことでもあるのだ。
 ところで来週、今の職場に来て最大と言っていい大仕事の山場だ。それは間違いなく何でもないほどあっという間に終わる時間だが、しっかりやりたい。

夏を少し振り返る

 月に一度の作業日、冴えない頭で1日を過ごした。皆が帰った後にやり残しの作業に取り掛かるが一度では済まず、明日に持ち越そうと諦めて退勤した。職場の近くの店に先に集まっていたおばちゃんのスタッフと飲み食いして帰った。
 夏は好きな季節だが、今年は暑過ぎて日中に出歩くことはほとんどなかった。服を買うことはほとんどなく、本屋によく行った。法事などで九州に二度行き、京都に一度行った。毎朝出勤する時間帯に小学生の子どもたちが大勢連れだって登校していたが、夏休みは姿を見かけることがなかった。今日は久し振りにまた、大勢の小学生が歩道を歩いていた。電車の乗降客の動きも少し違うようだった。夏も終わるのだ。

引っ越して暮らしを整える

 大阪にやって来てから1ヶ月が過ぎた。異動前の手抜かりのお陰ですっきりしないところがあるにはあるが、それでも環境が変わるのは自分にとってやはりよかったのだと思う。生活のリズムがかわって、朝は何かしら食べるようになった。朝食と言えるほどのものではないが、高校時代から朝食べなくなって何十年も過ごして来たことを考えると、体にとっては良いことなんだろうかという感触が少しある。
 夜は寝る時間が今までよりも早くはなったが、それでも朝なかなか起きられず、仕事のある日はバタバタと家を出て、真っ直ぐの道を南へ歩いたり走ったりしながら地下鉄の駅へ向かう。お寺の立ち並ぶ筋の遠く向こうに夜の街の看板が見えるという珍妙な取り合わせはそれとして、お寺の前を通りながら何となくありがたい気分になることもある。
 地下鉄から大きなターミナル駅で私鉄に乗り換えて、郊外の街にある職場に向かう。電車は高架を南へひた走り、窓の外の景色は段々とローカルな佇まいを増していくが、海は見えなくても路線が海沿いを走っているというので何処となく解放感がないこともない。
 食事と睡眠が多少整ってきたからか、やたらと疲れることがなくなり、休みの日も何とか午前中には目が覚める。今は自分の長年の悪習が少しずつ変わり行くことに戸惑いも覚えつつ、転居が功を奏したのだという実感もある。とは言えまだたったのひと月だ。
 引っ越しはやっぱり大変な作業で、荷物が多くなるだけ荷造りと荷解き、諸々の手続きなどやることも細々あり、頻繁にするもんじゃない。不用品はろくに整理できず、本や楽器は大分実家に残してきた。新しい住まいでは生活スペースにゆとりが出来たから、普段寝起きする部屋は割合すっきり仕上げられた。一方で整理できなかったものは別の一室に溜まっている。引っ越し後手付かずの荷物も、何個もその部屋に残っている。この1ヶ月、仕事を終えて帰宅した後の時間や休みの日を使って片付けをしたり必要なものを揃えたりしてきたが、ものはやっぱり持ち過ぎない方がよい。

いろいろと思い返したりもする

 季節はすっかり秋になり、今暮らしている山の盆地の町は夜になるともう寒いくらいだ。休みになると、昼過ぎまでたっぷり寝て起きても何もやる気になれず困る。そして何もせず夜になる。何でも億劫なのが気候の変化のせいなのかは分からないし、元々休みの日はそんな状態だったような気もする。10月の終わりにやっと夏の洗濯物の山をしまったくらいで、狭い部屋の中がどうにもあちこち散らかってよくない。遠出して買い物したものも何となく置いたままになっていて、昨日や今日がそのまま放置されて何か月も過ぎて行っているようだ。
 さて日々の暮らしのそんな有様はさておき、最近は何となくポピュラー音楽に関する書籍を続け様に買っている。東京にいた時に気になりながらも見過ごしていた『ビル・ブルーフォード自伝』と『ブリックヤード・ブルース』は、偶然だがどちらもイギリス出身のドラマーの自伝だ。後者の著者で主人公のキーフ・ハートレーは2011年に亡くなっている。共著者のイアン・サウスワースの『200CDブリティッシュ・ロック―1950‐2003』は、都立図書館の開架にあるのを手に取って気になっていながら購入の機会を逃し、後から練馬区の図書館で借りて中身をチェックしたことがある。10数年前の本が書店取り寄せで新刊で購入できて、ありがたいことだった。それにしても年月は経つものだ。手に入る時は何とも思わないでいるのに、入手困難になった途端に焦って動き始めるというのは間抜けなことだが、多分自分にはそういう所が多くあるのだ。
 珍しく買ってからさっと読了した向井秀徳の『三栖一明』は、後追いのファンもどきの自分のような者でも面白く読めたから、ナンバーガールの頃からのファンにはたまらないものだろう。ナンバーガールは活動期間が自分の学生時代と重なるから、当時のことをいろいろと思い返さずにはいられない。三栖氏が8月の同著出版の展示会終了に際してtwitterで発した、バンドの曲名でもある「センチメンタル過剰」というコメントに、外野にいながらも何とも言えず胸を打たれた。
 そんな読書の日々(というより本を買い求める日々)のきっかけになったのは、ボウイの死後に出版されて入手したものの途中で読むのを中断してしまっているトニー・ヴィスコンティの自伝のような気がする。これまでは録音された作品やそれにまつわる幾つかの発言・情報でしか触れることのなかった人物たちに、こうした読書体験によって本の記述を通して生きている人としての作品とは別のところにある奥行きを感じるし、そう感じること自体が新鮮で、人として再発見することになって面白い。
 本は増えると置き場に困るからしばらく余り買わないようにしていたが、今は何となく買いたくなる時なのだろう。大抵の場合積読になりかねないが、そうならないようにしたい。

家で晩飯を作る

 今日は休日だった。頼んでいたCDを午前午後の二度に渡って受け取り、夕方から数時間寝て、ほとんど眠って過ごした一日だった。今日届いたものと、9月末に新宿と京都で買って置きっ放しになっていたCD(未だにフィジカルで購入する日々)を合わせるとまとまった枚数になり、そのままにできないので整理して棚に収めた。
 午後の寝起きのぼんやりした感じで冷蔵庫からスーパーの弁当を出して食べ、バートヤンシュの初期作を流し、夏からずっと魔窟のようにたまっている洗濯物を今日は片付けようかと思いはしたものの、遅すぎる午睡が長くなってしまい、それも叶わなかった。研修で行った大阪で買った力士最中の最後の一つを食べ、にわかに晩飯を食べたくなり、2ヵ月振りくらいで豚肉の野菜炒め(もやし)を作って食べた。良くも悪くもかわらない味だ。10年以上、こんなのばかり作って食べてきた。夏はやたらと忙しさに追われる気分でスーパーの弁当や普段はめったに食べないコンビニ弁当でしのいでいたが、作って食べるのは大事なことだ。と晩飯を食べて思った。コンロを使ったせいか部屋の中が暑くなった。