時の流れを誰が知る

 正月休みに実家で数日過ごして戻って来てから、しばらく手付かずだった部屋の片付け(不用品の処分)をまた少しずつ始めた。やらなければいけない、と考えるだけだと途方に暮れて何から手をつけてよいか分からないが、問題やものをリストアップしてみると個々に手を付けていくことが出来て整理して取り組める。そんな気になる。
 何も持たずに生きられたら良いが、そんな風に暮らすことは出来ない。しかし持ち過ぎていることも良いとは言えないから、身の回りのものを減らしてはいきたい。帰省や旅行で普段暮らしている場所を離れると、何も持っていないことでとても身軽に感じることがある。普段の暮らしの中にある持ち物で本当に必要なものはなくて、全て捨ててしまえばどれだけさっぱりするだろう、と日常から離れてみて思うことがある。そうした捉え方は行き過ぎかも知れないが、でも「離れたところから日常を見直す」という見方は時々必要だろうから、忘れずに心の何処かに留めて置けたらよい。
 ところで江古田の昔ながらの市場が昨年末で無くなった、というニュース記事を偶然見つけた。多分、駅の西側の踏切を渡って元セイフー現グルメシティへ向かう辺り一帯のことだと思う。軒先に子ども用遊具の置いてあった店でたい焼きを時々買ったくらいだったが、無くなってしまうと駅周辺の雰囲気はずいぶん変わりそうだ。‥それから何とはなしに気になってちょっと調べてみたら、そのセイフーが今年の2月に閉店するということで、驚いた。驚いた。踏切の向こう側に、何か出来るんだろうか?Y島さんがバイトしていた薬局も今月で閉店、という情報もあった。知らない間に、急にいろいろなことが変わるもんだ。江古田にはもうめったに行かないし、暮らしていた頃だっていろいろな変化があったが、でも馴染みのあるものの移ろいは何とも言えない気持だ。それだけの月日が過ぎた、ということなのだ。

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