いろいろと思い返したりもする

 季節はすっかり秋になり、今暮らしている山の盆地の町は夜になるともう寒いくらいだ。休みになると、昼過ぎまでたっぷり寝て起きても何もやる気になれず困る。そして何もせず夜になる。何でも億劫なのが気候の変化のせいなのかは分からないし、元々休みの日はそんな状態だったような気もする。10月の終わりにやっと夏の洗濯物の山をしまったくらいで、狭い部屋の中がどうにもあちこち散らかってよくない。遠出して買い物したものも何となく置いたままになっていて、昨日や今日がそのまま放置されて何か月も過ぎて行っているようだ。
 さて日々の暮らしのそんな有様はさておき、最近は何となくポピュラー音楽に関する書籍を続け様に買っている。東京にいた時に気になりながらも見過ごしていた『ビル・ブルーフォード自伝』と『ブリックヤード・ブルース』は、偶然だがどちらもイギリス出身のドラマーの自伝だ。後者の著者で主人公のキーフ・ハートレーは2011年に亡くなっている。共著者のイアン・サウスワースの『200CDブリティッシュ・ロック―1950‐2003』は、都立図書館の開架にあるのを手に取って気になっていながら購入の機会を逃し、後から練馬区の図書館で借りて中身をチェックしたことがある。10数年前の本が書店取り寄せで新刊で購入できて、ありがたいことだった。それにしても年月は経つものだ。手に入る時は何とも思わないでいるのに、入手困難になった途端に焦って動き始めるというのは間抜けなことだが、多分自分にはそういう所が多くあるのだ。
 珍しく買ってからさっと読了した向井秀徳の『三栖一明』は、後追いのファンもどきの自分のような者でも面白く読めたから、ナンバーガールの頃からのファンにはたまらないものだろう。ナンバーガールは活動期間が自分の学生時代と重なるから、当時のことをいろいろと思い返さずにはいられない。三栖氏が8月の同著出版の展示会終了に際してtwitterで発した、バンドの曲名でもある「センチメンタル過剰」というコメントに、外野にいながらも何とも言えず胸を打たれた。
 そんな読書の日々(というより本を買い求める日々)のきっかけになったのは、ボウイの死後に出版されて入手したものの途中で読むのを中断してしまっているトニー・ヴィスコンティの自伝のような気がする。これまでは録音された作品やそれにまつわる幾つかの発言・情報でしか触れることのなかった人物たちに、こうした読書体験によって本の記述を通して生きている人としての作品とは別のところにある奥行きを感じるし、そう感じること自体が新鮮で、人として再発見することになって面白い。
 本は増えると置き場に困るからしばらく余り買わないようにしていたが、(日々に満足できていないからかも知れんと適当な自己分析をしてはみるが)今は何となく買いたくなる時なのだろう。大抵の場合積読になりかねないが、そうならないようにしたい。

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