秋の日に行く先を見る

 秋になった。日々、家と職場を行き来するばかりでは、季節を感じることもそれほど多くはない。
 休日だった昨日は、中々ないことだが歯医者に行かなければならなかったから午前中から外出した。いつも夕方か夜にしか出掛けない街に、昼間はこんな風に陽がさすのかと思いながら信号を待った。古い立派な建物の近くに立ち並ぶ街路樹の色を見て、秋であることに納得したような気になった。
 大阪では人によっては今までに関わったことのある人々とは異なる気質にとまどいながらも、広島で過ごしていたやや標高の高い盆地(冬は寒い)に比べると湿気は多いようだが割合に過ごしやすい気候で、何とか無事に暮らしている。仕事は相変わらずたまりがちで、夜遅くに帰ることは珍しくも何ともない。20年前に買ったストラトキャスターを生のままで弾くわずかな時間がまるで何か励ましのようで、細切れに趣味の音楽に取り組んだり本を読んだりして、初夏、夏、秋と過ごしてきた。
 冬はいつも誕生日を迎えることもあってやるせなくなりがちだが、この数年は何とかやり過ごすことも出来ているような気もする。歳を重ねることを受け入れているとは言えないにしても、ある意味諦めというか、とにかくとらわれないということはきっと自分の身を救うことでもあるのだ。
 ところで来週、今の職場に来て最大と言っていい大仕事の山場だ。それは間違いなく何でもないほどあっという間に終わる時間だが、しっかりやりたい。

夏を少し振り返る

 月に一度の作業日、冴えない頭で1日を過ごした。皆が帰った後にやり残しの作業に取り掛かるが一度では済まず、明日に持ち越そうと諦めて退勤した。職場の近くの店に先に集まっていたおばちゃんのスタッフと飲み食いして帰った。
 夏は好きな季節だが、今年は暑過ぎて日中に出歩くことはほとんどなかった。服を買うことはほとんどなく、本屋によく行った。法事などで九州に二度行き、京都に一度行った。毎朝出勤する時間帯に小学生の子どもたちが大勢連れだって登校していたが、夏休みは姿を見かけることがなかった。今日は久し振りにまた、大勢の小学生が歩道を歩いていた。電車の乗降客の動きも少し違うようだった。夏も終わるのだ。

引っ越して暮らしを整える

 大阪にやって来てから1ヶ月が過ぎた。異動前の手抜かりのお陰ですっきりしないところがあるにはあるが、それでも環境が変わるのは自分にとってやはりよかったのだと思う。生活のリズムがかわって、朝は何かしら食べるようになった。朝食と言えるほどのものではないが、高校時代から朝食べなくなって何十年も過ごして来たことを考えると、体にとっては良いことなんだろうかという感触が少しある。
 夜は寝る時間が今までよりも早くはなったが、それでも朝なかなか起きられず、仕事のある日はバタバタと家を出て、真っ直ぐの道を南へ歩いたり走ったりしながら地下鉄の駅へ向かう。お寺の立ち並ぶ筋の遠く向こうに夜の街の看板が見えるという珍妙な取り合わせはそれとして、お寺の前を通りながら何となくありがたい気分になることもある。
 地下鉄から大きなターミナル駅で私鉄に乗り換えて、郊外の街にある職場に向かう。電車は高架を南へひた走り、窓の外の景色は段々とローカルな佇まいを増していくが、海は見えなくても路線が海沿いを走っているというので何処となく解放感がないこともない。
 食事と睡眠が多少整ってきたからか、やたらと疲れることがなくなり、休みの日も何とか午前中には目が覚める。今は自分の長年の悪習が少しずつ変わり行くことに戸惑いも覚えつつ、転居が功を奏したのだという実感もある。とは言えまだたったのひと月だ。
 引っ越しはやっぱり大変な作業で、荷物が多くなるだけ荷造りと荷解き、諸々の手続きなどやることも細々あり、頻繁にするもんじゃない。不用品はろくに整理できず、本や楽器は大分実家に残してきた。新しい住まいでは生活スペースにゆとりが出来たから、普段寝起きする部屋は割合すっきり仕上げられた。一方で整理できなかったものは別の一室に溜まっている。引っ越し後手付かずの荷物も、何個もその部屋に残っている。この1ヶ月、仕事を終えて帰宅した後の時間や休みの日を使って片付けをしたり必要なものを揃えたりしてきたが、ものはやっぱり持ち過ぎない方がよい。

いろいろと思い返したりもする

 季節はすっかり秋になり、今暮らしている山の盆地の町は夜になるともう寒いくらいだ。休みになると、昼過ぎまでたっぷり寝て起きても何もやる気になれず困る。そして何もせず夜になる。何でも億劫なのが気候の変化のせいなのかは分からないし、元々休みの日はそんな状態だったような気もする。10月の終わりにやっと夏の洗濯物の山をしまったくらいで、狭い部屋の中がどうにもあちこち散らかってよくない。遠出して買い物したものも何となく置いたままになっていて、昨日や今日がそのまま放置されて何か月も過ぎて行っているようだ。
 さて日々の暮らしのそんな有様はさておき、最近は何となくポピュラー音楽に関する書籍を続け様に買っている。東京にいた時に気になりながらも見過ごしていた『ビル・ブルーフォード自伝』と『ブリックヤード・ブルース』は、偶然だがどちらもイギリス出身のドラマーの自伝だ。後者の著者で主人公のキーフ・ハートレーは2011年に亡くなっている。共著者のイアン・サウスワースの『200CDブリティッシュ・ロック―1950‐2003』は、都立図書館の開架にあるのを手に取って気になっていながら購入の機会を逃し、後から練馬区の図書館で借りて中身をチェックしたことがある。10数年前の本が書店取り寄せで新刊で購入できて、ありがたいことだった。それにしても年月は経つものだ。手に入る時は何とも思わないでいるのに、入手困難になった途端に焦って動き始めるというのは間抜けなことだが、多分自分にはそういう所が多くあるのだ。
 珍しく買ってからさっと読了した向井秀徳の『三栖一明』は、後追いのファンもどきの自分のような者でも面白く読めたから、ナンバーガールの頃からのファンにはたまらないものだろう。ナンバーガールは活動期間が自分の学生時代と重なるから、当時のことをいろいろと思い返さずにはいられない。三栖氏が8月の同著出版の展示会終了に際してtwitterで発した、バンドの曲名でもある「センチメンタル過剰」というコメントに、外野にいながらも何とも言えず胸を打たれた。
 そんな読書の日々(というより本を買い求める日々)のきっかけになったのは、ボウイの死後に出版されて入手したものの途中で読むのを中断してしまっているトニー・ヴィスコンティの自伝のような気がする。これまでは録音された作品やそれにまつわる幾つかの発言・情報でしか触れることのなかった人物たちに、こうした読書体験によって本の記述を通して生きている人としての作品とは別のところにある奥行きを感じるし、そう感じること自体が新鮮で、人として再発見することになって面白い。
 本は増えると置き場に困るからしばらく余り買わないようにしていたが、今は何となく買いたくなる時なのだろう。大抵の場合積読になりかねないが、そうならないようにしたい。

家で晩飯を作る

 今日は休日だった。頼んでいたCDを午前午後の二度に渡って受け取り、夕方から数時間寝て、ほとんど眠って過ごした一日だった。今日届いたものと、9月末に新宿と京都で買って置きっ放しになっていたCD(未だにフィジカルで購入する日々)を合わせるとまとまった枚数になり、そのままにできないので整理して棚に収めた。
 午後の寝起きのぼんやりした感じで冷蔵庫からスーパーの弁当を出して食べ、バートヤンシュの初期作を流し、夏からずっと魔窟のようにたまっている洗濯物を今日は片付けようかと思いはしたものの、遅すぎる午睡が長くなってしまい、それも叶わなかった。研修で行った大阪で買った力士最中の最後の一つを食べ、にわかに晩飯を食べたくなり、2ヵ月振りくらいで豚肉の野菜炒め(もやし)を作って食べた。良くも悪くもかわらない味だ。10年以上、こんなのばかり作って食べてきた。夏はやたらと忙しさに追われる気分でスーパーの弁当や普段はめったに食べないコンビニ弁当でしのいでいたが、作って食べるのは大事なことだ。と晩飯を食べて思った。コンロを使ったせいか部屋の中が暑くなった。

騒ぎ出す季節

 駐車場から道路に出る1m程のスロープに、数日前からとかげが変な格好でオダブツしている。なんでそんな恰好で、と不思議に思うが、住人に何かされたようにも思えず、気になりながらもそのままにしている。アリが何とかするには大きすぎるが、かわりに何となくミイラになりつつある。夏のさなかに往く生き物がいる一方で、バイクにかけたレインコートに小さいヤモリが隠れるのを見かけた。これからまだ大きくなるのだろう。
 先日のこと、夜中に帰宅したときに階段で仰向けになっていたセミが朝もそのままになっていたので、羽を持ちあげたところブウーンと飛び立っていった。カナブンが時々ひっくり返って戻れなくなっていることがあるが、あのセミは一体夜中の間仰向けのままどうしていたんだろうと考えるがよく分からない。職場では、どこから入って来たのか分からないが、仕事に使う道具の陰にあまり大きくないバッタがつかまっていたから外に出した。駅のエレベーターにもバッタがつかまっていて、外まで連れて行ったことがある。バッタも勢いよく飛んでいくもんだ。
 そんな風にいなかは生き物たちの暮らしとの境界線があいまいに感じるが、町屋に住んでいたときには京成線の車中でカミキリムシみたいなのが服にとまってきたことがあった。虫は飛べるから、どこにでも入ってきてしまうのだ。しかし、こんなにも虫がそこらにいるのは、やはり街ではないからだろう。近所の川沿いの通勤路は雑草が伸び放題で、標識がすっかり見えなくなってしまった。夏はそんな季節だ。

後回しにしていたことをする

 齢を重ねる毎に何かを忘れたり失くしたりすることが増えてきた。この間は途中下車した名古屋駅で新幹線の切符を取り忘れて、翌日乗車する時に気付いて改札口や拾得物窓口やみどりの窓口でかなり時間を取られた。それでも結局見つからず、再度乗車券を買ったのだが、数日後に切符が見つかったと連絡があり、購入金額を返金してもらうことになった。名古屋は3回しか行ったことがなくて3回とも特に観光もせず、地理もよく分からず人を特に親切だと思うこともなかったが、駅の人は大分親切で少し印象がかわった。あれだけ時間をかけて見つからなかった切符がどこで見つかったのか気になるが、それもその内忘れるだろう。
 休みの今日は切符代返金の手続きのため、再購入の切符を郵便局へ持って行こうと準備して、ついでにスマートフォンのSIMカードの返送もすることにした。前に使っていた画面割れのスマートフォンがいよいよ使えなくなり、去年の秋に新しいスマホを購入したが、一つの契約で2つの回線を維持している状態で、月額が安いとはいえムダ金を支払って数か月が過ぎて行った。つくづく間抜けなことだが、そういうことに無頓着なところがある。やり忘れていたことをこの際ついでにやっておこう、と返送の手続きをするためにいろいろ書類を探したり電話で確認したりしてこれも大分時間がかかった。
 雨の合間の曇り空の下郵便局に行き、2つの郵便物を出し、スーパーに行った。ふと、2年前の夏に鹿児島に竹やぶ刈りに行った時のことを思い出した。あの時はバテないようにと、毎日のようにホテルの自転車を借りて約2km離れたところにあるだだっ広い駐車場のあるだだっ広いスーパーに行き、弁当やらいろいろ買いに行っていたものだった。そんなことを思い返しながら、バテないようにとレバニラ炒めを買った。

時々思い出す

 夜はまだ肌寒く、10年くらい前に買ったジャケットをよく着ていたが、いつも同じだと飽きるので大学3年の頃に買ったEDITIONの上着(あの頃はまだ独立した店舗ではなかった)を何度か着た。作りが少し大きめだったため敬遠して余り着ていなかったが、こうして時々引っ張り出してみると却って新鮮な気持で着られる。案外いけるわい、と思って少しいい気分になっていると、ボタンが一つついていないのに気付いた。それでボタンがなくなったのも着なくなった原因の一つだったのを思い出した。
 そんな5月も間もなく終わる。今日は夕方外出して夜帰るまで、シャツ一枚で平気だった。やっと使い慣れてきた広島駅の改札が新しくなっており、駅員が何人も案内係で構内に立っていた。帰宅してから洗濯物を取り込み、めったにないことだが放置せず片付けた。家の中で蚊に刺された。もうそんな季節だ。

落ち着かない天気で春になる

 新しい楽器が家に届いてスペースを作らないといけなくなり、少しだけものを片付けた。引っ越してきてからゴミ捨てのルールが違っていて何をどうしたら良いのか分からずに1年を過ごしてきた。市役所のホームページで調べてもよく分からないので、ゴミの担当課に電話で尋ねてみたら丁寧に教えてくれた。ゴミの収集所が市街地から離れている所にあって、都内では粗大ゴミ扱いになっていたものも持ち込めば無料で回収している、ということだった。車を使う暮らしにあった仕組みだと合点がいった。電池や電球も別の収集所で回収しているということだった。
 電話の後も別の用事に取り掛かっていたが、春になって暖かくなったことだからとふと思い立ち、さっき教えてもらった収集所へ原付で不用品を持って行くことにして、適当に支度をして出かけた。もう夕方だったが原付で走っても寒くはなかった。困ったのは行き方を調べた道路が工事中で通れなかったことだ。工事現場の当番のおじさんに道を聞き、時々自分でも道を調べながら辿り着いたときには受付時間を過ぎていたが、お詫びすると受け取ってくれた。こうして用事を済ませた頃には帰宅する車が多く、交差点は込み合っていた。スーパーに寄って食材を買って帰った。ぼやぼや過ごしてどうしたらよいか分からないで置いておくことがよくあるが、何でも聞いてみると分かることがあるのだ。原付で外出できる暖かさの昨日とうってかわって、今日は雪が降った。冬はいつの間にか何処かへ往き、春がまたやって来る。

チ・チ・チ・チェンジズ

 美容院の人に「スタイリングがしやすくなる」と言われ、その気になって学生の頃以来久し振りにパーマをあててもらった。おっさんになった今、思うのは父もずっとパーマだったことだ。
 カットの終わった自分の頭を美容院の鏡で見たら、ザ・フーでデビューした頃のロジャーダルトリーみたいなくるくる頭だった。齢にあわない印象に若干たまげつつ、パーマをかけたときはこんなもんだったかも知れないと思い返しもし、幾らか愉快な気持ちになってまた職場に戻って雑務を片付け、夜中にラーメン屋でいろいろ飲み食いして帰った。
 帰宅して鏡を見て、こういう人いるよな、と漠然と思っていたのが藤子不二雄のマンガの小池さんだったのだと合点がいった。そうだ。小池さんだ。これはスタイリングで何とかするしかない。モダンなイメージを思い描いていたのにギャグみたいな頭になったものだ。そんな啓蟄の頃だ。広島の山の盆地に引っ越して丸一年経った。