坂道を行き来する日々

 広島の田舎に引っ越して間もなく3ヶ月が経つ。4月以降はほどんど部屋の片付けを進めることもできず、寝て起きて仕事へ行ってまた帰って寝る日々だ。生活の中で今までの暮らしとの違いを感じることはいろいろあるが、一つ驚いたのはLPガス(プロパンガス)の料金の高いことだ。余り高いので、お湯を使うのを少し控えた。嬉しいのはレモンを使った食品がたくさんあることだ。広島はレモンの産地だから、地元ならではの良いところだ。
 そんなことの全ては1㎞四方の限られた生活圏の中で起こっている。金を使うことと言えば、日々の食費と光熱費の支払いくらいで、良いことには違いないが面白いこともない。家の近くを流れるきれいでも何でもない川の縁に、あたたかくなってから黄色い花が咲き誇っており、そんなわずかな春の景色を横目に毎朝自転車で通勤している。満員電車で通勤しなくても良いのは喜んで良いことだ。面白いことはないが、何かを蓄える時なのだ、と思うことにしよう。
 とにかく広島の田舎に引っ越してきても、仕事は面倒なことが多いのはかわらず、やることは同じだ。そんなことを思いながらただただ日々が過ぎて行くが、生活の場を変えるという選択をした時に考えていたこと、それは忘れないでおきたい。
 やりきれないことがある。好物のスジャータの赤ぶどうジュースがよく行くスーパーにはなく、中々買えないことだ。同じスジャータのアサイージュースはあるのだが、赤ブドウは置いていない。置いているスーパーは7時半で閉まってしまうから、だらだら仕事をしている今の毎日では間に合わないのだ。限られた時間の中で、もう少し手際よく仕事が出来るようになりたい。

鞆の浦の港 広島県福山市の鞆の浦

ご飯を作ってはみたけれど

 ガスコンロが届き、やっと家で飯を作れる環境が整った。それで昨日は仕事の後に勇んでスーパーへ行ったのだが(一方で弁当暮らしに慣れてしまって面倒さも感じながら)、取り揃えている品物が荒川でほぼ毎日行っていた近所のスーパーと違うのに土地の違いを感じた。にんべんのつゆの素もギャバンの胡椒もなかった。単に、イオン系のスーパーなので自社ブランドの品物が多いから馴染みのものがなかったのかも知れない。野菜はそこら中に地元産のものが並んでいた。肉も広島産のものがたくさんあった。東京では、地元の食材などをスーパーで見かけることはまずなかった。
 帰宅して、6年振りで慣れないガスコンロで味噌汁と豚肉卵とじを作ったが、火加減が分からずうまく作れなかった。今日は雨でスーパーに行けず、また豚肉卵とじを作ってみたが、うまくできなかった。前の家の台所はとても小さく、使い慣れるのに時間がかかったが、いつ頃からかすっかり馴染んで却って1.5倍くらい広い新しい住まいの台所に戸惑っている。しかし何れまた慣れるのだろう。
 明日は新しい職場の入社研修がある。大勢の人たちが集まる。部屋は、引っ越し後数日間の混乱からは脱したもののまだまとまりもせずにいる。取りあえずキーボードとレコーダーとスピーカーを出してみたが、音楽もまだ生活に馴染まない。とにかく今は生活を整えることが一番なのだ。

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左:昨日の晩飯。スーパーのレバニラ炒めを新品のレンジで温めたら中で飛び散った。
右:今日の晩飯。

田舎町の暮らしがはじまる

 昨日は洗濯機、今日は電子レンジと本棚が届いた。あとはガスコンロが届けば、家で調理が出来る。新しい冷蔵庫の中にはたくさんのペットボトルやヤクルトなど、飲み物だけが入っている。外食ばかりの生活は早くおしまいにしたい。ジョイフルというファミレスの割引チケットばかりたまる。東京を発って10日経ち、まだそんな状況で生活が落ち着いたとは全く言えないが、ともかく一日一日は過ぎて行く。新しい土地で新しく出会う人々といっしょによい仕事が出来るだろうかとよく心配になるが、それは今まだ考えなくてもよいことなのだ。
 一昨日、昨日とジョイフルで晩飯を食べた。その後スーパーで弁当を買って、家でまた食べた。飯はよく食べる。今日は昼飯に上司とジョイフルに行った。夜は本棚の設置に時間がかかったのでファミレスには行かず、スーパーで買ってきた弁当を温めて食べた。広島のスーパーには、弁当と並んで当たり前のようにお好み焼きが置かれている。我が故郷のことながら、面白いというか何というか、よく分からない気持ちだ。それで今日は弁当のほかに1/2のお好み焼きも買って帰って食べた。電子レンジで温めたら容器が溶けてレンジの中が汚れた。でも回転トレイ型ではないから楽に拭き取れた。前の住まいで毎日がぶがぶ飲んでいたスジャータの赤ブドウジュースはどこにも置いていない。ガスコンロが届いたら味噌汁を作るのだ。アルミのコンロカバーも買わないといけない。そんな風に田舎の日々は始まり、過ぎて行く。

少しずつ準備する

 昨夜、仕事の後池袋へ行き、文具と大量のボールペン替え芯と服を買った。田舎の山に移り住んだら服を買う機会も限られてくるだろうと思い、節度を保って過ごしたこの数年と打って変ってこの半年ほどは仕事用の消耗品を含む服飾品をいろいろ買いこんでいる。田舎には田舎の暮らし方があるはずだろう、とそんな自分の行為に馬鹿らしさも感じながら、悪あがきのようにせっせと街に足を運んでいる。帰りに研修で知り合った九州出身の方と西口のタイ料理屋で飯を食い、酒を飲んだ。独身時代の面白い話を聞いた。西口側を歩くのは久しぶりだった。大通りと公園の景色は馴染み深いものだった。江古田に住んでいた頃、明け方にあてもなく自転車を走らせて池袋の近くまでやって来たことがあった。要町通りの彼方に見える丸井の建物を目にして、「どこまで来たんだ」という不安と幾分かの興奮を覚えたのが記憶に残っている。
 今日は10年近く使っていた業務用のスチール製本棚を回収業者に引き取りに来てもらった。業者は荷台のあるトラックで早朝にやって来て、二人がかりで手早く荷物を積み込み、さっさと帰って行った。本棚は分解しても分量が多いので処分費用をずっと心配していたが、確認したら普通の粗大ごみに出してもそれほど高額にならなかった。今回の業者は粗大ごみに出すより少し安いくらいだった。やってみて分かること、心配が解消されることがあるのだ。
 引っ越しの訪問見積もりも来てもらった。まだ住むところが決まっていないのに訪問見積もりをするのは順番が違うようで、「移転先の住所が分かったら連絡ください」という業者の方が多かった。そんな状況でもやれることはやっておかないといけないような気がしていろんなところに確認したり連絡したりしているが、ともかく新しく住む所は早く決めてしまいたい。部屋を見渡すと「もっと荷物を減らしたい」とつくづく思う。前回の業者さんが、引っ越しは荷物を処分する良い機会だと言っていたのをよく思い出す。確かにその通りだから、何とかやってみよう。

秋の日にバスは行く

 朝晩冷えてきて、昨日からついに帰宅して靴下を脱がなくなった。秋だ。
 夏に荷物を整理したときに布団も片付けたので、いまうちには薄い夏用のと真冬用の布団しかない。今まだタオルケット2枚で我慢しているが、心地よい眠りとは言えない。こんなので風邪をひいては仕方がない。体が冷えないようにしないといけない。
 先日、先輩から出産したという知らせが届いた。身近な人が家庭を持ち、家族が増えるというのは何とも実感がわかないことだが、ともかく人が大人になって新しい家族と暮らすということは、やはりすばらしいことだと思うし、心から応援したいと思う。
 子どもを持ち育てることが自分が子供だった昔とは違うような今の世の中だが、先日下町を通るバスの中でお年寄りが赤ん坊を連れたお母さんに席を譲ろうとやりとりする場面があった。お母さんは「立って抱えていた方が泣かないので」と丁寧に断っていたが、後で訊かれてそう答えていたまだ3ヵ月の赤ん坊はしばらくして泣きわめき始めた。その横の座席には、これまたまだ小さいお姉さんらしき子どもが座っていて、シートのみんくる(バスのキャラクター)の絵柄を観察していた。乗客のほとんどがお年寄りだったが、車内の静けさからは、何となくその母子を皆で見守っているような様子が感じられた。

秋の日に蝉が鳴く

 長い休み(有給休暇)を経て仕事に戻ってから約一ヶ月、新しい勤務地で仕事を始めてから3週間が経った。最近になってやっと片付けるべき具体的な仕事を得たので、当面はそれに向かうというところだが、手探りとしか言いようのない日々だった。これから先もそんな風に過ごしていくのだろう。大変だ、大変だと思っている中で結局は自分でいろいろ確認したり調べたり教わったりしながら一つ一つやっていくしかないのだと気付くと、先の道筋も見えてくるような気になる。
 新しい配属館は区境にある古い所で、隣接区の人たちもよく利用している。昨日と今日、はじめて自転車で通勤してみた。昨日の帰り道、交差点で信号が青になるのを待っていると、蝉の鳴き声が聞こえてきた。時々そういう蝉がいる。
 細道から大通りに向かうと、すっかり日が暮れた夜の空に雲が浮かんでいるのが見える。千川通りと新目白通りを貫くまっすぐの道を自転車で走っていたときによく見ていた記憶のある空だ。周囲に立ち並ぶ家並みの向こうに見えるそんな景色が、僕にとっては東京の夜の空だ。

新居に集まる

 異動して今月から新しい職場で働き始めた。勝手が分からないことばかりで大変だが、しばらくしたら慣れるだろうと思いながらやっている。
 8月の終わり、先輩宅へ遊びに行った。旧知の顔ぶれの中で、自分の代が一番後輩という最近では珍しい集まりとなった。年月を経て皆それぞれの家庭と暮らしがあり、自分の中では何となく地続きでつながったままのような学生の頃は遠い昔のことなのだと実感した。

1508098月の片付け中に荷物から出てきた「ブタノハナマン」

寄り道しながら片付けしよります

 なかなか進まないが、部屋の片付けを続けている。今までにも断続的にやって来たが、今回は自分にしては不用品の処分も幾分かやっており、少しだけ身軽になってきた感じがする。作業の中で気になったものがあれば寄り道しているため、テキパキできている訳ではないが、これまでの暮らしを反省して呆れて‥‥ゴミを出している。数ヵ月前に冷蔵庫の中を整理したときには学生時代の定演プレゼントの食べ物が入っていたくらいなので、ひどい有様だ。昨日は約10年前におこなった河口湖合宿の様子を収めたDVDを見た。あの頃はまだ、自分も仲間の多くも20代だったから開催できたようなものだ。今日は実家に藤子F全集などを送った。何にしてもお金がかかるのが苦しいところだ。

150811荷物から出て来たレゴを棚に並べた様子。透明パーツにときめく。

最後の一日は雨降りだった

 現在の配属先が休館することになった。今日で休館の準備作業は終わりとなり、明日からは館内を空にするための搬出などが行われるという。まわりの皆は数週間前に異動していったが、自分は残って片付けや作業にあたっていた。出勤するのは今日が最後で、明日以降は長い休みを取る。今年で7年目で、もうずいぶん長く同じところにいたことになるが、きもちの整理がつかないまま最後の日を迎え、昼飯に業者さんから鰻丼の大盛りをごちそうになり、最終確認と片付けを行い、すっかりがらん胴になった館内の写真を撮ってみたが何のために撮っているのかもよく分からず、傘をさして職場を後にし、一緒に作業してきた上司に別れを告げ、今までと何にもかわらない道をバスの車窓から見るでもなく眺め、昨日と同じように不忍池のほとりを歩いて京成上野の駅に向かった。パスモをチャージしようと券売機の前に立つと、左のおばあさんが闊達な様子だったが「お金を入れたが切符が買えないがどうしたらいいか」と尋ねるので、少し考えてから取消ボタンを押して行き先までの運賃を確認し、もう一回お金を入れてもらったら問題なく発券することが出来た。図書館で「検索機の使い方が分からない」と尋ねる年輩の利用者に案内するような感じのやり取りだった。
 ただ慌ただしく過ぎて行った日々がいったん終わったことの実感がわかないが、明日から続く休みの日にやることの準備に向けて心が少し焦り出している。一先ず、今のところ何とも言えないきもちを少し分かってみることが大事なのかも知れない。これまでにやってきたことはこれまでにやってきたことなのだ。とにかく今日は去り行き、明日になったら明日が来るのだ。