寄り道しながら片付けしよります

 なかなか進まないが、部屋の片付けを続けている。今までにも断続的にやって来たが、今回は自分にしては不用品の処分も幾分かやっており、少しだけ身軽になってきた感じがする。作業の中で気になったものがあれば寄り道しているため、テキパキできている訳ではないが、これまでの暮らしを反省して呆れて‥‥ゴミを出している。数ヵ月前に冷蔵庫の中を整理したときには学生時代の定演プレゼントの食べ物が入っていたくらいなので、ひどい有様だ。昨日は約10年前におこなった河口湖合宿の様子を収めたDVDを見た。あの頃はまだ、自分も仲間の多くも20代だったから開催できたようなものだ。今日は実家に藤子F全集などを送った。何にしてもお金がかかるのが苦しいところだ。

150811荷物から出て来たレゴを棚に並べた様子。透明パーツにときめく。

最後の一日は雨降りだった

 現在の配属先が休館することになった。今日で休館の準備作業は終わりとなり、明日からは館内を空にするための搬出などが行われるという。まわりの皆は数週間前に異動していったが、自分は残って片付けや作業にあたっていた。出勤するのは今日が最後で、明日以降は長い休みを取る。今年で7年目で、もうずいぶん長く同じところにいたことになるが、きもちの整理がつかないまま最後の日を迎え、昼飯に業者さんから鰻丼の大盛りをごちそうになり、最終確認と片付けを行い、すっかりがらん胴になった館内の写真を撮ってみたが何のために撮っているのかもよく分からず、傘をさして職場を後にし、一緒に作業してきた上司に別れを告げ、今までと何にもかわらない道をバスの車窓から見るでもなく眺め、昨日と同じように不忍池のほとりを歩いて京成上野の駅に向かった。パスモをチャージしようと券売機の前に立つと、左のおばあさんが闊達な様子だったが「お金を入れたが切符が買えないがどうしたらいいか」と尋ねるので、少し考えてから取消ボタンを押して行き先までの運賃を確認し、もう一回お金を入れてもらったら問題なく発券することが出来た。図書館で「検索機の使い方が分からない」と尋ねる年輩の利用者に案内するような感じのやり取りだった。
 ただ慌ただしく過ぎて行った日々がいったん終わったことの実感がわかないが、明日から続く休みの日にやることの準備に向けて心が少し焦り出している。一先ず、今のところ何とも言えないきもちを少し分かってみることが大事なのかも知れない。これまでにやってきたことはこれまでにやってきたことなのだ。とにかく今日は去り行き、明日になったら明日が来るのだ。

すべては味噌汁から始まる

 先週末、バニング氏からメールが届いた。今夜池袋へ行かないか、ということだったが、この日はあいにく夜まで仕事だったため、また今度皆で集まろうと返事してせっかくのさそいを見送った。氏は池袋に行きつけのカラオケバーのような店があり、そこは楽器演奏も出来るのでおすすめなのだとよく話していた。店ではマッスルと呼ばれているそうで、またそこへ行ったのかも知れない。以前のように豊島区に住んでいたのならぶらりと自転車で行き来出来たかも知れないが、今は地域が違うので気楽に行くことは出来ない。
 月曜日、そんなさそいがあったからか、にわかに池袋に行く気分になった。仕事を終えて電車に乗って人混みをかいくぐり、ザ・なつやすみバンドとホール&オーツのアルバムを買い、しょっちゅう穴があいて破れるため補充として靴下とパンツを買い、ジュンク堂でピート・タウンゼントの自伝と文庫本2冊を買った。久しぶりの書店はそれほど込み合っておらずゆったりと過ごすのにちょうど良かったが、時間がなくて長くはいられないのと手持ちの金がないのにあれこれ見て刺激されて読まない本を買う悪癖が出たら困ると自制し、目的の本を手に1階のレジカウンターに向かった。
 帰りはJRと京成線を乗り継ごうと考えていたが、いつも乗っている路線で帰るのは面白くないと途中で引き返し、都電で帰ることにした。座れないのが心配だったが祝日で乗客は少なく、すぐに座ることができた。買ったばかりの本を読みながら数10分が過ぎ、ぶらぶら歩いて帰宅した。さて明日も休みだ、たまには買い物に行くもんだと思っていた矢先、同僚から連絡があり、風邪で具合が悪いというので明日かわりに出ることになった。休みのつもりでいた日に仕事に行くのは面倒だったが、連休の中日で忙しくはなく、平穏に一日が過ぎた。
 連休最終日の水曜日、他館から研修に来た元同僚と一緒に作業していると、窓口で問題が起こったというので下りるとスタッフが身に覚えのないことで文句を言われていた。これまでにもいろいろあったので腹が立って冷静さを欠いた対応をしてしまい、後から恥ずかしくなった。夜には以前勤めていた人が結婚して苗字もかわってやって来た。一日はせわしなく暮れていった。
 今日は連休明けで通勤の電車もまたいつものように込んでいた。仕事して昼飯を食べて仕事して、帰るのが面倒なのだ、と思いながらまたいつもの夜道を歩いて帰った。今日こそは晩飯を作らねばならん、と思いながらも、くたびれて横になった。このまま眠りに落ちると気持良いが、二晩ろくに晩飯をとっていないので起き上がり、米を炊いて皿を洗って食事の準備をした。ながしに置いていたニンニクの芽が10㎝くらいに伸びている。窓際で一日陽に当てていた植木は、昼間どんな風に過ごしていたのか分からない。葉が伸びても枯れてしまう。一方で小さな芽が顔を出す。今はそんな季節だ。

季節は何処へ行く

 前々回の休日にファミコンのカプセル戦記を長時間やったら目と頭が痛くなった。ひどい痛みだったので、さすがにゲームのやり過ぎは問題だと痛感し、それ以来やるのを控えている。そのかわりにゲームの動画を見る機会が増えた。カプセル戦記の動画は、古いソフトの割に数多くある。大半は自分と同じ程度の腕前の動画で、見ていて感心することもなく、むしろ「そこでそうすると上手くいかないよ」と歯痒さを感じるくらいだが、ごく一部ずば抜けて上手いのがあって、そうした動画は再生回数もずば抜けて多い。あんな風に上手くやれるといいな、と思いながら、あの上手さは幼時からの鍛錬の為せるわざだからそもそも蓄積されたものが異なるに違いない、と自分でも今この時に何を考えているんだと言うようなつまらぬことに色々と思い巡らしている。とにかく、上手い人は次元が違うのは事実だ。今そのような高みを目指すのは余り意味のあることではない、と思いながらも、何か試してみたいという意欲をそそられるほど多様な遊び方をこのソフトは備え持っているのだろう。職場にやって来る子どもたちは、スマートフォンのパズルゲームの話をしている。そんな昨今だ。昔のゲームをしながら、何か子どもの頃のことに触れようとしているのかも知れない。
 ところで、暖かくなって桜が咲いたと思ったら一転寒い日が続いている。雨がまたしばらく降って、冬はすっかり追いやられるのだ。昨日は、電柱と信号をつなぐ支えの細長い金具に鳥が三羽ふくらんでとまっているのを見た。寒さで丸くなっていてよく分からなかったが、街中にいるのは鳩くらいなもんだ。せっかく春になったのに、生きものには大変なことだ。

おっさんもやっている

 今、家のテレビにはニューファミコンが接続されている。そうなったのはここ1、2ヵ月のことだ。今の生活の中でゲームを、それも昔散々やったものをまた再びやっているということは問題だ。問題だ。このブログでも、これまでにゲームの記事を書いた記憶はない。それくらい、普段ゲームをやることはなかった。練馬区から引越して以降、ゲームを荷物から取り出すこともなかった。ともかくそんな現在の日々を少し振り返りたい。
 やるソフトは2つしかない。「くにおの運動会(ダウンタウン熱血行進曲)」と「カプセル戦記」だ。それぞれ1990年と1989年に発売されたファミコンソフトだ。手短にゲームをやりたいときはくにおを、腰を据えてやりたい時はカプセル戦記をやる。ここ数日は主にカプセル戦記をやっている。
 カプセル戦記はシンプルなつくりのアクションバトル型シミュレーションで、青軍と赤軍に分かれて様々な地形のマス目で埋められたマップ上で手持ちのコマ(ユニット)を進めて都市を占領して収入源を得て、ベースで新戦力を生産し、敵側のコマとマップ上で重なるとアクションバトルが発生する。これに勝つと相手ユニットは消滅する。こうしたやり取りを経て敵軍の本拠地に辿り着き、親玉をやっつけたら勝利となる、そんなゲームだ。シンプルとは言えマップ構成により戦略は様々で、無計画に進軍することはできない。全部で45体のユニットにはそれぞれに個性があり、安価な量産型から高価な精鋭機までいろいろ選ぶことができる。ただし、手持ちの資金がないと性能の良いユニットを作ることができないので、ともかく都市を回って収入源を得ないといけない。
 ゲーム開始にあたって先ずやることは両軍の設定で、大軍と小軍(初期配置ユニット数の大小)、軍資金の量を入力する。子どもの頃はとにかく自分にハンディをたっぷり付けて相手(CPU)に勝つ、ということばかりやっていたが、おっさんになるとそこそこ操作できるようになって、今は相手をやや有利に設定して始めることが多い。しかしそんな風にして約10年振りでカプセル戦記をやり始めた当初、「宇宙の渦」というZガンダムのサブタイトルと同名のマップで「これくらい差があっても大丈夫だろう、逆転する楽しみがあるよ」と相手にかなりのハンディを付けた状態で開始したら、ほとんど太刀打ちできないほどの悲壮な長期戦となり、結局セーブとリセットを繰り返しながら夜通し頑張って勝ったものの、ゲームにしては余りに苦しい時間となった。とにかく相手は高性能機をたくさん送り出してくるが、自分はそれを少数で迎え撃たなければならないのだ。毎回のバトルがしんどすぎる!あまりのしんどさに、その後しばらくはくにおばかりやっていたが、妹夫婦が映画館でガンダムを見て来た話を聞いたのをきっかけにハンディを適当な程度にしてまたカプセル戦記をやっている。
 一昨日やった”Over Load”というマップは、横長のマップの左右に各軍の本拠地とその基盤となる要塞が配置され、要塞の周辺には都市(コロニー)が点在し、両軍の間を隔てる宇宙空間には大した障害物もなく、相手のエリアに進軍しやすいマップとなっている。初期設定大軍の相手は初っ端からどんどん進軍してくるが、一方の自軍は小軍のためユニット数が少なく、都市の占領を最優先で防衛ラインの構築も手一杯のまま、素早く進軍してきた相手と自軍の要塞の境界で戦いが勃発するという最初から押され気味の展開となった。
 ところでドムというユニットがある。1体500円で作れる。最安のザクが100円、次いで200円でグフ、ドムは下から3番目の安さで、性能もそれなりだ。子どもの頃は先ず作ることはなかったが、おっさんになった今やっているうちに、ドムは主戦力にはならないにしても、資金のない序盤に必要に迫られて生産した状況で低価格帯にしてはそこそこ使えるということに気付いた。安い2機種と比べて足が1段階速く、手持ち装備のバズーカ砲は弾速がびっくりするほど遅いとは言え爆風もダメージを与えられるので、障害物のある地形では効果的だ。ゆっくり飛んでいく弾が相手に当たるところは信じられないと同時に痛快ですらある。そんなドムで防衛ラインを張り(しかし終盤は御役御免となる)、苦しい籠城戦の中で資金が貯まると高性能機を作って出撃させ、形勢が有利になる頃までが一番面白い。形勢逆転後は、こちらの優勢で進むだけだからだ。この歳になって子どもの頃に買ったゲームをやるのもどうかと思うが、まだしばらくやることになりそうだ。

日用品と子どものような日々

 綿棒がなくなって一週間が経った。毎日風呂に入るたびに使っていたからどうしたものかと思いながらも、「試して合点」で「耳かきはやり過ぎるとよくない」ということが言われていたので、それを支えに綿棒のない日々を過ごしてきた。しかしこのまま持たずに暮らしてはいけそうにない。近所のスーパーには置いておらず、仕方なく仕事帰りにこの一年半行くことのなかった駅の近くのスーパーに行った。
 2階の日用品コーナーを探し回ったが置いていないので、レジの人に聞いてみた。すると1階のレジ前に置いているということだった。久しぶりの店内は特にレイアウトがかわった様子もなかったが、いろいろ眺めながら、この街に引越してきた当初の暮らしを思い返していた。ここで暮らし出した頃、部屋が余りに片付かず、台所を使うのを諦めていたので、晩飯はいつもこのスーパーの弁当を食べていた。夜になると安くなるパンもよく買っていた。今日は弁当は残っていなかったが、パンは以前とかわりもせずに並んでおり、一つ買って帰った。
 帰宅して、昨夜作っていたおかずを温めて食べた。その後ちょっとファミコンをやった。ずっとしまったままだったのに、今年になってから急にやりたくなり、今では毎日のようにやっている。正月に実家に帰った時に、桃鉄をやり、置いてあったファミコンのゼビウスを見て「久しぶりにやりたいな」と思ったのがきっかけだったと思う。十字ボタンを押す左手の親指の関節の表面が固くなってきた。昔、一生分やりきったと思っていたが、飽きもせずによくやるもんだ・・・。
 テレビではNHKが震災を題材にして若者の群像を描いたドラマを放送していた。じっくり見入った訳ではないが、動きのある画面と音楽が妙な魅力を持っており、後で調べたら「あまちゃん」の音楽を担当したのと同じ人だった。地震の前の暮らしには、大して被害のない東京であっても戻りはしないのだ。今日と明日を健康に生きることだ。

日々いろいろあるよ

 夜、豚肉の卵とじを作って食べようと玉葱とニラを切ってからつゆの素がないのに気付き、あわてて冷蔵庫にずっと残ったままだったキャベツを切って野菜炒めにした。お茶もないのを思い出して買い忘れたことを悔やんだ。仕方ないので好物のぶどうジュースをたくさん飲んだ。
 遅い晩飯のあと、明日着るワイシャツがないのを思い出してあわてて洗濯した。洗濯は終わった後に干すのが面倒だ。
 夕方、窓口にいると時々来館する老婦人がCDを借りに来た。その時に「雀が来る」のだと羽のようなものを見せてくれた。聞くと、家のベランダに米つぶを置いておくと雀たちがやって来て、米がなくなると何やら鳴くのだということだった。実家で文鳥を飼っていた時期があり、それ以来鳥には特別の親しみを感じるようになったので、小鳥はかわいいですよね、と楽しく話をした。
 閉館時間になり、館内を見回るといつでもよく寝ているおじいさんが一人閲覧席に取り残されていたため、声をかけて起きてもらったら本人も寝過ごした様子で、あわてて帰り支度をして何やら唸りながら雑誌を丁寧に元の場所に戻して帰って行った。今日はそんなことがあった。
 若いスタッフが昨日、いきなり辞めたいと言い出して困惑した。一先ず話を聞いて、今日になって考えてみるとよく分からないこともある。明日また冷静に話が出来たら良いが、ともかく今日明日で何とかと言いだされるのはこりごりだ。でもいろいろ抱え込んでいた結果の申し出だったので、早めに気付いてあげられたらよかったとも思った。昨日はそんなことがあった。

時の流れを誰が知る

 正月休みに実家で数日過ごして戻って来てから、しばらく手付かずだった部屋の片付け(不用品の処分)をまた少しずつ始めた。やらなければいけない、と考えるだけだと途方に暮れて何から手をつけてよいか分からないが、問題やものをリストアップしてみると個々に手を付けていくことが出来て整理して取り組める。そんな気になる。
 何も持たずに生きられたら良いが、そんな風に暮らすことは出来ない。しかし持ち過ぎていることも良いとは言えないから、身の回りのものを減らしてはいきたい。帰省や旅行で普段暮らしている場所を離れると、何も持っていないことでとても身軽に感じることがある。普段の暮らしの中にある持ち物で本当に必要なものはなくて、全て捨ててしまえばどれだけさっぱりするだろう、と日常から離れてみて思うことがある。そうした捉え方は行き過ぎかも知れないが、でも「離れたところから日常を見直す」という見方は時々必要だろうから、忘れずに心の何処かに留めて置けたらよい。
 ところで江古田の昔ながらの市場が昨年末で無くなった、というニュース記事を偶然見つけた。多分、駅の西側の踏切を渡って元セイフー現グルメシティへ向かう辺り一帯のことだと思う。軒先に子ども用遊具の置いてあった店でたい焼きを時々買ったくらいだったが、無くなってしまうと駅周辺の雰囲気はずいぶん変わりそうだ。‥それから何とはなしに気になってちょっと調べてみたら、そのセイフーが今年の2月に閉店するということで、驚いた。驚いた。踏切の向こう側に、何か出来るんだろうか?Y島さんがバイトしていた薬局も今月で閉店、という情報もあった。知らない間に、急にいろいろなことが変わるもんだ。江古田にはもうめったに行かないし、暮らしていた頃だっていろいろな変化があったが、でも馴染みのあるものの移ろいは何とも言えない気持だ。それだけの月日が過ぎた、ということなのだ。