少しずつ準備する

 昨夜、仕事の後池袋へ行き、文具と大量のボールペン替え芯と服を買った。田舎の山に移り住んだら服を買う機会も限られてくるだろうと思い、節度を保って過ごしたこの数年と打って変ってこの半年ほどは仕事用の消耗品を含む服飾品をいろいろ買いこんでいる。田舎には田舎の暮らし方があるはずだろう、とそんな自分の行為に馬鹿らしさも感じながら、悪あがきのようにせっせと街に足を運んでいる。帰りに研修で知り合った九州出身の方と西口のタイ料理屋で飯を食い、酒を飲んだ。独身時代の面白い話を聞いた。西口側を歩くのは久しぶりだった。大通りと公園の景色は馴染み深いものだった。江古田に住んでいた頃、明け方にあてもなく自転車を走らせて池袋の近くまでやって来たことがあった。要町通りの彼方に見える丸井の建物を目にして、「どこまで来たんだ」という不安と幾分かの興奮を覚えたのが記憶に残っている。
 今日は10年近く使っていた業務用のスチール製本棚を回収業者に引き取りに来てもらった。業者は荷台のあるトラックで早朝にやって来て、二人がかりで手早く荷物を積み込み、さっさと帰って行った。本棚は分解しても分量が多いので処分費用をずっと心配していたが、確認したら普通の粗大ごみに出してもそれほど高額にならなかった。今回の業者は粗大ごみに出すより少し安いくらいだった。やってみて分かること、心配が解消されることがあるのだ。
 引っ越しの訪問見積もりも来てもらった。まだ住むところが決まっていないのに訪問見積もりをするのは順番が違うようで、「移転先の住所が分かったら連絡ください」という業者の方が多かった。そんな状況でもやれることはやっておかないといけないような気がしていろんなところに確認したり連絡したりしているが、ともかく新しく住む所は早く決めてしまいたい。部屋を見渡すと「もっと荷物を減らしたい」とつくづく思う。前回の業者さんが、引っ越しは荷物を処分する良い機会だと言っていたのをよく思い出す。確かにその通りだから、何とかやってみよう。

秋の日にバスは行く

 朝晩冷えてきて、昨日からついに帰宅して靴下を脱がなくなった。秋だ。
 夏に荷物を整理したときに布団も片付けたので、いまうちには薄い夏用のと真冬用の布団しかない。今まだタオルケット2枚で我慢しているが、心地よい眠りとは言えない。こんなので風邪をひいては仕方がない。体が冷えないようにしないといけない。
 先日、先輩から出産したという知らせが届いた。身近な人が家庭を持ち、家族が増えるというのは何とも実感がわかないことだが、ともかく人が大人になって新しい家族と暮らすということは、やはりすばらしいことだと思うし、心から応援したいと思う。
 子どもを持ち育てることが自分が子供だった昔とは違うような今の世の中だが、先日下町を通るバスの中でお年寄りが赤ん坊を連れたお母さんに席を譲ろうとやりとりする場面があった。お母さんは「立って抱えていた方が泣かないので」と丁寧に断っていたが、後で訊かれてそう答えていたまだ3ヵ月の赤ん坊はしばらくして泣きわめき始めた。その横の座席には、これまたまだ小さいお姉さんらしき子どもが座っていて、シートのみんくる(バスのキャラクター)の絵柄を観察していた。乗客のほとんどがお年寄りだったが、車内の静けさからは、何となくその母子を皆で見守っているような様子が感じられた。

秋の日に蝉が鳴く

 長い休み(有給休暇)を経て仕事に戻ってから約一ヶ月、新しい勤務地で仕事を始めてから3週間が経った。最近になってやっと片付けるべき具体的な仕事を得たので、当面はそれに向かうというところだが、手探りとしか言いようのない日々だった。これから先もそんな風に過ごしていくのだろう。大変だ、大変だと思っている中で結局は自分でいろいろ確認したり調べたり教わったりしながら一つ一つやっていくしかないのだと気付くと、先の道筋も見えてくるような気になる。
 新しい配属館は区境にある古い所で、隣接区の人たちもよく利用している。昨日と今日、はじめて自転車で通勤してみた。昨日の帰り道、交差点で信号が青になるのを待っていると、蝉の鳴き声が聞こえてきた。時々そういう蝉がいる。
 細道から大通りに向かうと、すっかり日が暮れた夜の空に雲が浮かんでいるのが見える。千川通りと新目白通りを貫くまっすぐの道を自転車で走っていたときによく見ていた記憶のある空だ。周囲に立ち並ぶ家並みの向こうに見えるそんな景色が、僕にとっては東京の夜の空だ。

新居に集まる

 異動して今月から新しい職場で働き始めた。勝手が分からないことばかりで大変だが、しばらくしたら慣れるだろうと思いながらやっている。
 8月の終わり、先輩宅へ遊びに行った。旧知の顔ぶれの中で、自分の代が一番後輩という最近では珍しい集まりとなった。年月を経て皆それぞれの家庭と暮らしがあり、自分の中では何となく地続きでつながったままのような学生の頃は遠い昔のことなのだと実感した。

1508098月の片付け中に荷物から出てきた「ブタノハナマン」

寄り道しながら片付けしよります

 なかなか進まないが、部屋の片付けを続けている。今までにも断続的にやって来たが、今回は自分にしては不用品の処分も幾分かやっており、少しだけ身軽になってきた感じがする。作業の中で気になったものがあれば寄り道しているため、テキパキできている訳ではないが、これまでの暮らしを反省して呆れて‥‥ゴミを出している。数ヵ月前に冷蔵庫の中を整理したときには学生時代の定演プレゼントの食べ物が入っていたくらいなので、ひどい有様だ。昨日は約10年前におこなった河口湖合宿の様子を収めたDVDを見た。あの頃はまだ、自分も仲間の多くも20代だったから開催できたようなものだ。今日は実家に藤子F全集などを送った。何にしてもお金がかかるのが苦しいところだ。

150811荷物から出て来たレゴを棚に並べた様子。透明パーツにときめく。

最後の一日は雨降りだった

 現在の配属先が休館することになった。今日で休館の準備作業は終わりとなり、明日からは館内を空にするための搬出などが行われるという。まわりの皆は数週間前に異動していったが、自分は残って片付けや作業にあたっていた。出勤するのは今日が最後で、明日以降は長い休みを取る。今年で7年目で、もうずいぶん長く同じところにいたことになるが、きもちの整理がつかないまま最後の日を迎え、昼飯に業者さんから鰻丼の大盛りをごちそうになり、最終確認と片付けを行い、すっかりがらん胴になった館内の写真を撮ってみたが何のために撮っているのかもよく分からず、傘をさして職場を後にし、一緒に作業してきた上司に別れを告げ、今までと何にもかわらない道をバスの車窓から見るでもなく眺め、昨日と同じように不忍池のほとりを歩いて京成上野の駅に向かった。パスモをチャージしようと券売機の前に立つと、左のおばあさんが闊達な様子だったが「お金を入れたが切符が買えないがどうしたらいいか」と尋ねるので、少し考えてから取消ボタンを押して行き先までの運賃を確認し、もう一回お金を入れてもらったら問題なく発券することが出来た。図書館で「検索機の使い方が分からない」と尋ねる年輩の利用者に案内するような感じのやり取りだった。
 ただ慌ただしく過ぎて行った日々がいったん終わったことの実感がわかないが、明日から続く休みの日にやることの準備に向けて心が少し焦り出している。一先ず、今のところ何とも言えないきもちを少し分かってみることが大事なのかも知れない。これまでにやってきたことはこれまでにやってきたことなのだ。とにかく今日は去り行き、明日になったら明日が来るのだ。

すべては味噌汁から始まる

 先週末、バニング氏からメールが届いた。今夜池袋へ行かないか、ということだったが、この日はあいにく夜まで仕事だったため、また今度皆で集まろうと返事してせっかくのさそいを見送った。氏は池袋に行きつけのカラオケバーのような店があり、そこは楽器演奏も出来るのでおすすめなのだとよく話していた。店ではマッスルと呼ばれているそうで、またそこへ行ったのかも知れない。以前のように豊島区に住んでいたのならぶらりと自転車で行き来出来たかも知れないが、今は地域が違うので気楽に行くことは出来ない。
 月曜日、そんなさそいがあったからか、にわかに池袋に行く気分になった。仕事を終えて電車に乗って人混みをかいくぐり、ザ・なつやすみバンドとホール&オーツのアルバムを買い、しょっちゅう穴があいて破れるため補充として靴下とパンツを買い、ジュンク堂でピート・タウンゼントの自伝と文庫本2冊を買った。久しぶりの書店はそれほど込み合っておらずゆったりと過ごすのにちょうど良かったが、時間がなくて長くはいられないのと手持ちの金がないのにあれこれ見て刺激されて読まない本を買う悪癖が出たら困ると自制し、目的の本を手に1階のレジカウンターに向かった。
 帰りはJRと京成線を乗り継ごうと考えていたが、いつも乗っている路線で帰るのは面白くないと途中で引き返し、都電で帰ることにした。座れないのが心配だったが祝日で乗客は少なく、すぐに座ることができた。買ったばかりの本を読みながら数10分が過ぎ、ぶらぶら歩いて帰宅した。さて明日も休みだ、たまには買い物に行くもんだと思っていた矢先、同僚から連絡があり、風邪で具合が悪いというので明日かわりに出ることになった。休みのつもりでいた日に仕事に行くのは面倒だったが、連休の中日で忙しくはなく、平穏に一日が過ぎた。
 連休最終日の水曜日、他館から研修に来た元同僚と一緒に作業していると、窓口で問題が起こったというので下りるとスタッフが身に覚えのないことで文句を言われていた。これまでにもいろいろあったので腹が立って冷静さを欠いた対応をしてしまい、後から恥ずかしくなった。夜には以前勤めていた人が結婚して苗字もかわってやって来た。一日はせわしなく暮れていった。
 今日は連休明けで通勤の電車もまたいつものように込んでいた。仕事して昼飯を食べて仕事して、帰るのが面倒なのだ、と思いながらまたいつもの夜道を歩いて帰った。今日こそは晩飯を作らねばならん、と思いながらも、くたびれて横になった。このまま眠りに落ちると気持良いが、二晩ろくに晩飯をとっていないので起き上がり、米を炊いて皿を洗って食事の準備をした。ながしに置いていたニンニクの芽が10㎝くらいに伸びている。窓際で一日陽に当てていた植木は、昼間どんな風に過ごしていたのか分からない。葉が伸びても枯れてしまう。一方で小さな芽が顔を出す。今はそんな季節だ。

季節は何処へ行く

 前々回の休日にファミコンのカプセル戦記を長時間やったら目と頭が痛くなった。ひどい痛みだったので、さすがにゲームのやり過ぎは問題だと痛感し、それ以来やるのを控えている。そのかわりにゲームの動画を見る機会が増えた。カプセル戦記の動画は、古いソフトの割に数多くある。大半は自分と同じ程度の腕前の動画で、見ていて感心することもなく、むしろ「そこでそうすると上手くいかないよ」と歯痒さを感じるくらいだが、ごく一部ずば抜けて上手いのがあって、そうした動画は再生回数もずば抜けて多い。あんな風に上手くやれるといいな、と思いながら、あの上手さは幼時からの鍛錬の為せるわざだからそもそも蓄積されたものが異なるに違いない、と自分でも今この時に何を考えているんだと言うようなつまらぬことに色々と思い巡らしている。とにかく、上手い人は次元が違うのは事実だ。今そのような高みを目指すのは余り意味のあることではない、と思いながらも、何か試してみたいという意欲をそそられるほど多様な遊び方をこのソフトは備え持っているのだろう。職場にやって来る子どもたちは、スマートフォンのパズルゲームの話をしている。そんな昨今だ。昔のゲームをしながら、何か子どもの頃のことに触れようとしているのかも知れない。
 ところで、暖かくなって桜が咲いたと思ったら一転寒い日が続いている。雨がまたしばらく降って、冬はすっかり追いやられるのだ。昨日は、電柱と信号をつなぐ支えの細長い金具に鳥が三羽ふくらんでとまっているのを見た。寒さで丸くなっていてよく分からなかったが、街中にいるのは鳩くらいなもんだ。せっかく春になったのに、生きものには大変なことだ。